データサイエンティストの備忘録

外資系コンサルティングファームでデータサイエンティストとして働く筆者がコンサルティング関連の知見やデータ解析技術を活用するために学んだ内容の備忘録

【読書メモ】キャズム Ver.2

読んだ目的

  1. 今担当しているクライアントがキャズムに陥っていると考えられるものの、キャズムの詳細と乗り越え方を知らなかったため
  2. クライアントのマーケティングがいわゆるデジタルマーケティングに偏っており、突破口が見えない状況の中、状況打開に向けたヒントが欲しかったため

得られた学び

本書は主に3つの構成で書かれている。

  1. ハイテク・マーケティングモデルが抱える問題点(=キャズム
  2. キャズムを抜け出すための戦略と戦術
  3. キャズム脱出に向けた具体的な戦術

事業として立ち上がり一定の成果は出ているものの、停滞感が続いているクライアントと仕事をする中で、停滞感を乗り越えるための今後のアクションにつながる非常に示唆深い内容だった。それぞれの内容を詳細にメモしておく。

1. ハイテク・マーケティング・モデルが抱える問題点

テクノロジー・ライフサイクルにおいて、最大の落とし穴は少数のビジョナリー(進歩派)で構成される初期市場から、多数の実利主義者で構成されるメインストリーム市場へ移り変わるところにある。この溝をキャズムと呼んでいる。ハイテク企業のキャズムにおける失敗は往々にして、実利主義者(アーリーマジョリティ)とビジョナリー(アーリー・アダプター)とのビジネスが根本的に異なることを経営者が理解していないことに起因する。

テクノロジー・ライフサイクルにおける最初の顧客であるイノベーターはテクノロジー・マニアであり、次の2点があればビジネスしやすい相手である。

  1. 斬新かつ画期的なテクノロジーを持っている
  2. 利益を度外視できる

購入する際に影響力があるわけでもなく、マーケットの中で多数を占める存在でもなく、製品・サービスが市場に浸透していくたけの共鳴版、製品が完全にデバックされるまでの機能改善を目的とした実験台である。

一方、次のアーリー・アドプターであるビジョナリーが求めているのは改善ではなくブレークスルーで、価値を見出す対象はテクノロジーそのものではなく、ビジネスへの貢献である。アーリー・アダプターに訴求するためには、これまで実現できなかったことが新しいテクノロジーによって実現できることを理解させなければならない。プロダクトを認知する情報源はテクノロジーマニアからが多い。

【初期市場の構造】

イノベーターであるテクノロジー・マニアとアーリー・アドプターであるビジョナリーで構成される初期市場が形成されるには次の3つの要素が欠かせない。

  1. 顧客が必要としているシステムを実現可能にする斬新なテクノロジー
  2. 現在市場に出回っているものよりも優れていることを実証するテクノロジーマニア
  3. テクノロジーを使って業務を進歩させようと考える予算獲得ができるビジョナリー

【メインストリーム市場】

アーリー・マジョリティである実利主義者は着実で成果を測定できる進歩が必要で、新製品を導入する際には、他の人間がどのように使いこなしているかを知りたがる。実利主義者を顧客として獲得するためには、マーケット・リーダーであることが大切である。レイト・マジョリティーである保守派はハイテク製品そのものやユニークな機能に関心はなく、使いやすさ顧客が受けるサービスが重要である。

メインストリーム市場に参入する時、初期市場の事例は役にも立たないかもしれない。特にビジョナリーから実利主義者へ移行する時が最も役に立たない。ビジョナリーの購入理由は変革のためである一方、実利主義者は生産性を改善手段として購入する。ビジョナリーは他企業の経験を活用しようとしない一方、実利主義者は他企業の経験を最大限活用しようとするが、ビジョナリーは一人・二人しか存在せず、実利主義者が要求する先行事例の数にはあるかに及ばない。ビジョナリーはテクノロジーに深く関心を抱き、既存製品インフラに頓着しない。個人としてもビジョナリーは一カ所に長く居続けるタイプではなく企業から企業へ移るが、実利主義者はメインストリームと関わり合いながら自らのキャリアを伸ばしてきた人であり、現在の勤務先で自分の専門を長期にわたって全うしようと考えている。

キャズムを抜け出すための戦略と戦術

キャズムを抜け出す戦略である「Dデー作戦」とは、「メインストリーム市場のターゲット・セグメントを一つ選定し、そこを攻略すること」である。

新興ベンダーが実利主義者の顧客を獲得し、大きな市場に出て行くには、まずはニッチ市場に多数の援軍を集結させる、つまり、マーケットを絞り込むことによって自社の競争力を高める必要がある。そうしないとマーケティング・メッセージは霧散し、口コミにより連鎖反応は起きず、営業部隊は相変わらず誰も知らない製品を売る努力を続けることになる。絞り込んだ相手は①攻略可能な相手であり、②将来的にもそこを起点に市場を拡大できる相手でなければならない。ハイテク企業の経営者はニッチ市場を避けるが、理由は売上が期待できないような分野に手間暇をかけるつもりはないからである。

キャズムを乗り越えてメインストリーム市場に進出しようとする企業が目指すのは、まずメインストリーム市場での橋頭堡を確保することである。そのためにすべきことは次の3つである。

  1. ホールプロダクトの提示:顧客の目的を達成するために必要とされる一連の製品やサービスのことであるホールプロダクトを、最初の顧客の購買目的が完全に実現されを顧客に提示する
  2. 口コミ拡大:新市場に入る時、顧客の口コミで評判になることが必須条件である。口コミ効果がないと製品を売り込むのに苦労することになり、結果として販売コスト増・売上が不安定になる。
  3. ニッチ市場に集中:実利主義者はマーケットリーダーから製品を買おうとするため、唯一の戦略は「小さな池で大きな魚になる」というアプローチである

キャズムを超えようとするときは、顧客の数でターゲット・マーケットを決めるのではなく、顧客が感じている痛みの大きさ(解決すべき課題の経済価値)で決める。最初のニッチ市場でのソリューションを活用できるような市場を念頭に置く。

キャズム脱出に向けた具体的な戦術

キャズム脱出に向けた具体的な戦術として、次の4点についてまとめる。

  1. 攻略地点の決定ターゲットマーケット選定
  2. 侵攻部隊の終結:ホールプロダクトの提示
  3. 戦線の見定め:自社のポジショニング
  4. 作戦の実行:販売チャネル・動機づけ・価格設定
攻略地点の決定:ターゲットマーケット選定

キャズムを超える時の大原則は、特定のニッチ市場を攻略地点として設定し、持てる精力を総動員して、そのニッチ市場をできる限り早く支配する。候補となるセグメントをリストアップしたら、各セグメントの将来性、市場規模、販売チャネル、ライバル企業に対する差別化要因などを推定してみる。この時数値の分析でなく、情報に基づく直観で決める。

キャズムを超える時、焦点を当てるのはターゲット・マーケットではなくターゲット・カスタマーである。マーケットは人格を持たない抽象的な存在であるため、カスタマーに焦点を当て、ターゲット・カスタマー・シナリオ策定、選定していく。

【シナリオ策定】

焦点を当てるためにカスタマーの具体的な特徴づけを行う必要がある。ターゲット・カスタマーの特徴づけは、イメージを作り上げていく作業であり、具体的には一人ひとりの頭の中にあるイメージを抽出する。考え得る一人ひとりの顧客ごとに、あるいは製品の異なる用途ごとに、できる限り多くの特徴を抽出する。通常20~50の特徴が抽出され、類似したものを1つのグループにまとめると結局8~10種類の異なる特徴に分けられる。

実際の作成では、1ページに収まるシナリオサマリを作成する。シナリオはヘッダー情報、エンドユーザーが抱えている課題、適用後の姿の3点が必要となる。

1. ヘッダー情報

シナリオの先頭には次の3種類の簡単なプロフィールを記載する

  • エンドユーザー:製品を実際に使う人
  • テクニカル・バイヤー:製品の革新性を評価する人
  • エコノミック・バイヤー:製品の経済性を評価する人

消費者市場であれば3つの役割は1,2人に集約されることが多い。エンドユーザーが子供の場合は、エコノミックバイヤーは親になる。テクノロジーがすでに市場で認められたものであれば、キャズムを経験せずに市場が拡大することがある。

2. シナリオ:新テクノロジー適用前

記述する内容は①現状認識、②望まれる結果、③試みたこと、④阻害要因、⑤経済的影響の5つについて記載する。

3. シナリオ:新テクノロジー適用後

①現状認識、②望まれる結果は適用前と同じだが、残りの3項目は書き換える。③試みたことは、製品を使ってエンドユーザーがどのように問題を解決したか。④阻害要因は、新しい製品のどこが良かったか、問題を解決できた理由を記述する。⑤経済的影響は、削減できた経費・得られた便益を記載する。

【シナリオ評価】

ターゲット・マーケットを選定委員を決め、シナリオを評価する。評価項目はマーケティング戦略を作成する時に検討すべき項目であり、キャズムを超える時に解決しなければならない課題である次の9点である。

  1. ターゲット・カスタマー:エコノミックバイヤーの特徴を1つだけ想定できるか、販売チャネルはエコノミックバイヤーと接点を持っているか、エコノミックバイヤーはホールプロダクトに対して対価を支払う資金を持っているか
  2. 購入の必然性:現状の問題はエコノミックバイヤーが改革を決断するほど甚大か
  3. ホールプロダクト:購入の必然性に応えるホールプロダクトを提示できるか
  4. 競争相手
  5. パートナーと提携企業
  6. 販売チャネル
  7. 価格設定
  8. 企業のポジショニング
  9. 次なるターゲット・カスタマー

ターゲット・マーケットを検証する作業は2ステップで行い、第一段階では①~④の項目について各項目5点満点で20点満点で評価する。4項目で極端に低い評価を与えられたシナリオは橋頭堡候補から除外する。判断に迷ったときは購入の必然性で高得点を獲得したシナリオを優先する。

キャズムを越えようとする時にターゲットとすべきマーケットセグメントを最終決定する時は収入を予測するが、次はの3つを満たすものでなければならない。

  1. 次の段階で先行事例にできるほど大きい
  2. そのセグメントを制御できるほど小さいこと
  3. ベンダーが提供する製品が効果を発揮するセグメント
侵攻部隊の終結:ホールプロダクトの提示

提示したホールプロダクトを顧客から受注するには、ホールプロダクトマーケティングが必要になる。初期市場の場合にはコアプロダクトが主役になるが、メインストリーム市場に近づくにつれてコアプロダクトの機能は似たものになる。実利主義者が求めているのはホールプロダクトであり、コアプロダクトの機能が似ているメインストリーム市場では期待/拡張/理想プロダクトと言われる、コアとなる機能以外の拡充の方が大きなリターンを期待できる。コア以外への企業資金の振り向け方を決定するのがホールプロダクト構築計画である。

初期市場とメインストリーム市場の決定的な違いは、前者が顧客がホールプロダクトを自分で作って競争力を高めようとするのに対して、後者では顧客がホールプロダクトを構築しない点にある。

キャズムを超えるために必要なホールプロダクトは顧客の「購入の必然性」に応えるホールプロダクトである。ホールプロダクトの簡略モデルでみると、コアプロダクトと顧客の購入の必然性に応えるために必要なものの2種類である。ターゲット・カスタマーが異なれば求められるホールプロダクトも異なる。勝ち命題を変えれば、顧客が求める機能を実現する製品やサービスの集合体も変わってくる。ホールプロダクトが間違いなく顧客の手元に届けるには「顧客の問題をどうやって解決するか」を考えることである。

ホールプロダクトを決めた後は、それを素早く作り出すための提携関係を戦術的に推進する。戦術的な提携関係が目指すことはターゲットとするマーケット・セグメントが求めているセグメント固有の「購入の必然性」に応えるホールプロダクトの構築を促進することである、パートナー企業にとっては販売チャンスのなかった市場との接点ができるようになる。部隊が侵攻する力は、顧客の「購入の必然性」の強さによって決まる。

戦線の見定め:自社のポジショニング

ベンダーが自社製品を売り込む時、顧客が知りたいことは、実は競合製品についてである。キャズムを超えるためにベンダーがすべきことは競争を作り出すことである。競争を作り出すことは、実利主義者が知る製品カテゴリーの中に自社製品を位置づけることである。考えられる競争相手には2種類ある。

  • 代替手段:顧客の問題解決手段としての競争相手
  • 対抗製品:同種製品としての競争相手

明確な代替手段としてのベンダー、不連続なイノベーションを標榜する対抗製品としてのベンダーを見つけることができなかったら、キャズムを超えるには早すぎる。

キャズムを超える時には製品重視から市場重視に考え方を切り替えることで初めてターゲット・カスタマーにとって価値のある企業になることができる。

マーケティングの視点

ポジショニングを考える時は、市場製品を買いやすきするにはどうすべきかは次の3種類がある。

  • 名前を付け、カテゴリーを分けることで、概念に枠組みを与える
  • 誰が何のために使うか(どんなビジネスインパクトを与えるのか)を示す
  • 競争を作り出すことで、代替手段となる競争相手と対抗製品となる競争相手の両方の力を活用することが大切

ポジションを伝えるためを方向性をポジションステートメントという形でまとめる。ポジションステートメントは誰に、何を提供するかを明確に記したものである。具体的には次の6つで構成されている。

  1. 現在、市場に流通している「代替手段」で問題を抱えている
  2. 橋頭堡となるターゲット・カスタマー向けに、
  3. 解決できることの製品であり
  4. この製品が解決することができる
  5. そして、対抗製品とは違って、
  6. この製品には、ホールプロダクトの主だった機能が備わっている

ポジションステートメントの役割はキャッチコピーではなく、むしろキャッチコピーの方向性を決める。

作戦の実行:販売チャネル・動機づけ・価格設定

製品の販売方法、価格設定、販売チャネルなどの、キャズムを乗り越える時期にマーケティング展開していく上で正しいアプローチを選択するための指針を示してあるが、今のクライアントはBtoCなので価格だけメモする。

価格設定はビジョナリー、保守派、実利主義者で考え方は異なる。

  • ビジョナリー:価格にこだわらず、桁違いのROIを達成できれば価格は度外視
  • 実利主義者:競争力に基づく価格設定で、比較対象は代替手段と対抗製品
  • 保守派:とにかく低価格

キャズムを超える時は、こちらの価格をその時点でのマーケットリーダーの価格近辺に設定し、マーケットリーダーであることを明確に打ち出す。

今後のToDo

  1. 今のクライアントの取り組みをキャズムのロジックに基づいて取り組めていない箇所を明らかにする
  2. キャズムを超えるために実施できていない取り組みを整理し、休み明けにフランクに話してみる